6.同心のまちから、つつじの名所へ

同心くん

 だけど、平和な世の中になるにつれて仕事がなくなったんだよね。平和なことはいいことだけど……。

同心ちゃん

そんな中、私たちのご先祖はつつじの栽培をはじめたのよ。

6.同心のまちから、つつじの名所へ

 徳川の時代になり、いわゆる天下泰平と呼ばれる安定した社会になるにつれて、鉄砲隊の仕事は減少。

 戦争がないと手柄をたてられず出世もしない最下級武士の同心は射撃訓練の余暇、家計のたしにと、万が一に備えて火薬の材料となる木炭、硫黄、石灰、などを肥料として使うつつじの栽培を始めました。

 その美しさはやがて江戸中に知れ渡ることになり見物客でにぎわうことになりました。

現代のつつじ

参考文献

新宿区の歴史昭和52年
新宿区町名誌昭和51年
とやまー思い出の記ー第8集
新宿区歴史博物館常設展示図禄平成元年

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